平成16年4月11日   (日帰り)
早戸川水系本間沢


 巷では桜の花もおわり、平地とそんなに季節感も変わりのない丹沢にひさびさに沢歩きでもしようかと、勝蔵とやってきた。私にとっては、ひさしぶりの山歩きである。
 山の季節の魅力はさまざまだが、どれかひとつといわれれば、やはり春がいい。雪のある山でも、丹沢のように冬枯れで殺風景なだけの山でも、春霞が立ち、それまでの眺望が失われてくるようになると、山の木々の肌も艶めいてくる。
 そして、ふつふつと芽吹きがはじまり、山はいっせいににぎわいの季節を迎える。



そんな瞬間は年のうちほんの2、3日と一瞬だから、そのタイミングを逃したくないと、多少の焦りまじりに気分が浮き立つ季節でもあるのだ。

早戸林道の本間橋わきに車をとめて7:30に出発。ここ本間沢はかれこれ10年程前に―沢登りをひとりではじめた当初に―2回ほど遡行して、やけに印象がよかった沢だ。水量が適度で、ほとんどの滝が直登可能とやさしく、核心部ともいえる中流域には2〜3mの小滝が密集して息をもつかせぬ遡行感が得られる。入渓点にドンピシャで戻ってこられるのもいい。


 入渓点である本間橋の脇では、いままさに満開の桜が。空模様は薄曇りだが寒くはない。ケヤキ、ナラの木といった雑木には、やや赤味を帯びた新芽が少しだけふくらんでいる。ひさしぶりに渓流タビで踏み込んだ沢は、まさに水ぬるむという感じで、タビの薄っぺらい足裏の感触を確かめながら、しばし川原歩きが続く。

F1(12m)、F2(8m)、F3(5m)と、どの滝の直登も易しい。緩斜面または階段状にスタンスが豊富なので水際をサッサと歩いて登れるところが多い。かつての記憶にある本間沢は―といっても10年前のことなのだが―適度なナメと苔の付きも美しい沢だったと思っていたのだが、経年のため崩壊が進んだせいか、やや荒れた印象を受ける。特に、F4、F5あたりはゴルジュの様相も失われ、滝の高さも低くなったような気がした。


 それにしても、沢歩きは気分がいい。まったくの無風で、時折陽が差す程度の天候もよかったのだろうが、適度な登り応えのある滝を次々と越してゆく爽快さは、登りの苦手な私に、疲れを感じさせずにグングンと高度を稼がしてくれる。

二股を2つ越え、本間沢の核心部となるゴルジュへ。ここは、入り口にF8(5m)、沢が屈曲したところにF9(3段25m)、その先に確保なしでは直登不可能なF10(10m)で構成される、本間沢の中でももっとも見応えのあるところだ。3段のF9は押し狭まった岩の間に細くしかし勢いよく水が流れおちる滝で、階段状となっているので水流の中をどんどん進めばいい。


 ただし、落ち口のつめは頭から水をかぶることになる。もっとも押し流されるような水量ではないから、春の沢水に濡れる覚悟ができればなんのことはない。勝蔵はみごとズブ濡れになって落ち口にはいあがり、私は直前でトラバースして濡れずに登る。

 このゴルジュの核心部を最後に、本間沢は水量も少なくなり、小滝の続く源頭に入る。
                                        
 

   
 三峰の稜線も間近に望まれるようになれば、終了点の本間ノ頭を目指して、やや意識的に左手の尾根を取って詰めていく。

1300m程度の稜線部はいまだ冬枯れの模様。もっとも当日は風なく霞の張った気候で、木の間越しに蛭ガ岳、丹沢山、塔ノ岳などが望まれる。11:40本間ノ頭に到着。ビール、缶チューハイで乾杯し、つまみ中心の適当な食事を取る。


下山路は、休憩したベンチのすぐ前から丹沢観光センターに向かってのびる尾根をくだる。この道をくだれば、車をとめたそばの満開の桜の下に出られるというお気楽さだ。下山路はところどころ激しく崩壊した箇所もあり、滑りやすく閉口するところもある。
        

勝蔵と、いつもの山行の通り、たわいもない話をしながら降りてゆく。6〜7部もくだった頃だろうか。山の中腹の木々たちの芽は、いまやすっかり弾けようと開き始めている。

時折差すおだやかな陽差しにキラキラと輝く、新緑たち。なんということだ。つまりは、我々が標高差750mほどの沢をひと回りしている間に、山の季節はほんとうに様変わりしていたということなのだ。


文:山伏

写真:山伏&勝蔵